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親鸞教学考 【第一講】    二つの性格をもっ親鸞の思索 廣瀬 杲

一、はじめに

 

こちらへおじゃまをするようになってから、まる10年になるのだそうです。10年もたった今ごろになってから、話の題を変えるというのはどういうことか、というお気持がおありかもわかりませんけれど、正直に言いますと「教行信証総説」という題が、皆さまから励ましの言葉やら、なぐさめの言葉やらいろいろと、10年間で頂戴してきましたけれども、なにか落ち着かないのです。

『教行信証』の「教」の字にも入らないようなお話を10年もの間してきましたが、このまま、後何年お話ができるかわかりませんし、こういうご縁が皆さま方とごいっしょにもてるかもてないか、それもまったくわからないことです。けれども新しく気づいたところで、せめて講題といいますか、目安だけでも変えることで、ちょっと肩の荷を降ろして、自由に話していいということでしたから、ほんとうに自由な場所をいただきたいという気持なのです。

お話しようと思いついたことは、これまでお話してきましたような具合に、鉱脈を掘りあてられるか、掘りあてられないかといったような感じのお話であります。そういう意味では、ずいぶん乱暴な話でしかない。したがって、私が話すようなことが十分に表現できるという根拠ということになると、私にはそう考えられるということ以外には何の根拠もないと言わなくてはならないのです。これまでもだいたい、そういったお話しかしてこなかったのですから、改めて講題を変えることもないようですが、やはり「教行信証総説」というのは重い題でした。10年間、その講題の下に苦しんできたわけです。

今日からは、その題から放免していただきたいということで、思い切って今度は、題といいますか目安に飾り言葉を付けないで、「親鸞教学考」と、文字どおり親鸞の教学を考えるという題に題名変更させていただきたいということでお許しをいただきましたので、その点をご了解いただきたいと思います。でも話の中味はあまり変わりそうにありません。変えようにも変えようがございませんので、同じようなことになっていくかと思います。

 

二、『集註』を読む努力

 

この1年間、特に『観阿弥陀経集註』についてお話をしてきましたが、私がそのように表現している題名そのものも、もともとそういう題名がきちっと親鸞の筆によって書かれていたという根拠はないわけです。そして『集註』という言い方そのものも、これも親鸞聖人がそういうようには言っているわけではありません。

そうすると、題名すら不明瞭な書物についてお話をしているようなことですけれども、昨年はずっとそのことに掛かりっきりのような形で話をしてきました。つまり、『観阿弥陀経集註』は昭和18年に一巻の巻子本という形の書物として、初めて西本願寺の宝蔵から発見された。それが翌年にコロタイプになって、しかもそのときに、二巻本になったというような話をずっとしてまいりましたが、1年間お話してきたことの大筋は、こちらの機関紙の『南御堂』に、私の話した筋を追うようにして載せてくださっていますので、はっきりするのです。けれど、だいたいお話してきたようなこと、『観阿弥陀経集註』という題名も正確でないし、正確にはどういうように読むべきかという点検もないし、したがってそれを『観阿弥陀経集註』と一応言わないと、どうにも言いようがないという、あいまいすぎるほどあいまいな書物でありますけれども、その書物にかかわる意識が、不十分というよりも、ほとんど十分な関心をそこへは寄せないできた。

そういうところに、今ごろになってこんなことを言いだすのは、ある意味では、長い親鸞の思想の伝統を確かめていくという筋道で学んできた、真宗学という言葉で代表される学問の中で、造反をすることになりかねないのですけれども、見つかってきた限りは、それを伏せてしまっておくわけにはいかないだろう。ということと同時に、もう一つは、その『観阿弥陀経集註』の参考文献は極めて少ないですし、しかも書誌学という専門の学問の領域からも、私のような、そうした学問についての素人が見ましても、これはちょっと不十分というよりも、何をこういう解説で明らかにしようとしているのかという視点がはっきりしないという状況もあります。

そうなってまいりますと、その後、いろんな先生方がご苦労になって、なんとか私たちのような、親鸞聖人の真筆を正確に読むことのできない人間にも読めるようにという配慮で、いろいろな努力をしてくださったのですけれど、私から見ると、その努力が、『観阿弥陀経集註』という書物をお書きになった親鸞の精神といいますか、親鸞のお気持というものを、かえって疎外していく状況を作ってきているのではないかという気がするのです。これはかなり大胆なものの言い方でして、学界でこんなことを言ったら、袋だたきにあって、すみませんと言うよりほかないのですけれど、感じとしてどうしてもそうなのです。

例えば『定本親鸞聖人全集』という全集が法蔵館から出ています。これは、制作される段階で、私も大学の助手をしていましたから、お手伝いをした経緯がありますのでよく知っているのですけれど、その中に『観無量寿経註』と『阿弥陀経註』という名で、『観阿弥陀経集註』が一冊になって出ています。それには全部、ていねいに返り点・送りがなが付いています。その意味からすればずいぶんと読みやすいのです。

ところが真筆の昭和55年に公になったコロタイプを見ますと、あの中には白文で書かれたところと、返り点・送りがなを付けてきちっとお読みになって引かれたところと、そして裏側と表側との関係が、何事かを主張しているということなどがあります。

 

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