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親鸞教学考 【第三講】 親鸞聖人の課題の性格  廣瀬 杲

一、はじめに

 

2OOO年に入って最初の話でありますけれども、なかなか事柄を詰めきれなくて、自分でももどかしく思いながら悪戦苦闘しているのですから、お聞きになっている皆さん方は、いったい何が言いたいのだというお気持になるだろうと思います。

特に私の念頭にありますテーマが、これまでの真宗教学の中で一度もと言っていいほど着目をされてきていなかった事柄が主題になっていますので、その主題がほんとうに主題であるのかという確かめをするために、外側から、外堀から攻めていくという形でお話を進めているのですが、かえっていったい何のためにそんな話をするのか、ということになっていくのではないかという気がしています。ただ、私が掲げる軸になっていますことは、あまり口に出さないようにして、そこへ到達する道が見つかったときから、その問題を詰めていこうかなと思っています。

そのために、ここ数年になりますけれど、『教行信証』の後序のご文の全体を、『教行信証』の最後に位置づけられているという意味で拝読することをあえてやめまして、ただ親鸞聖人のお書き物の中で、一回限りで二度なかったと言い切っていい、具体的には、法然上人から『選択集」の付属を受けた。そして真影の図絵を許していただいた。それに讃文を書いていただいた。そしてそれを受けて、綽空という法然上人から頂戴したであろう法名を、自分の夢のお告げによって改めることを申し出て、それも法然上人からお許しを頂いて、「名の字を書かしめたまい畢りぬ」と、極めてミステリアスな表現ですけれども、何という字を付けたのかということがストレートにはわからないように、伏せ字のような形で新しい名前を付けていただいたということを記して、そしてわざわざ、「本師聖人、今年は七旬三の御歳なり」と、その年は法然上人は七三歳のお年におなりになっていましたという書き方で示されている、あの記録文書。

あの記録が、いったい親鸞聖人にとって何であるかということ、『教行信証』全体の中で何であるかということよりも、私の関心は、あそこまで具体的に、しかも自分を全面に押し出す形で、法然上人との関係を表現していかなくてはならなかった親鸞聖人は、いったいどういう課題を見極めていこうとなさっておいでになったのか。あるいはどういう課題を明確にしなくてはならなかったのかという、その問題の性格に、ああいう表現でなくてはならない必然性がない限り、あのような文章はお書きにならなかったと思います。

 

二、出来事を主軸に

 

私たちは親鸞聖人のご文に、ある意味では、よく読んでいるという意味ではなくて、慣れているという部分がありまして、逆に見ますと、親鸞聖人のお書きものはどれを取り上げましでも、ご自分の個人性、個人の上に表現される事柄をそのまま表に出すということは、おそらく『教行信証』をはじめといたしまして、その他のお書き物の中に一度もなかったと思います。

にもかかわらずあの後序の文は、全部そうですけれども、事柄は親鸞という『教行信証』を書いたであろう人、その人の上に起こった出来事を主軸にしながら、法然上人の下に集う人びとの問題を明瞭にしていこうとなさっておいでになる。ですから文章の表現方法がまったく違うわけです。だからそういう意味では、文章の表現方法があそこまで極端に異なっているということは、親鸞聖人ご自身が明らかするために、何事かそう表現しなくてはならない課題があったにちがいないという推測でも持たなくては、あそこは読み切れないという気がするのです。

物語といってもいいほど現実的なことを前面に出して、そしてご自分が事柄の中でどこに位置していたのかということまで示して、そして表現を詰めていかれます。しかも先ほどの「名の字」のように、そこまで詰めるなら「綽空の字を改め、名の字を書かしめたまい畢りぬ」というような妙な表現は、普通はとらないのではないでしょうか。あそこまで核心をとらえていると言っていいほど具体的に表現してきたくらいですから。弾圧の事実についても、いちいち名前は挙げたりしておいでにはなりませんけれども、そこには弾圧の性格がわかるような書き方をしておいでになるのだと思います。

特に後の方は、何年何月何日にこういうことをしていただいた。そして、それを受けてまたこういうことをしていただいた、ということを事細かに書いていかれるわけですから。その中である意味でいちばん大事なことと言っていい、法名を書き改めるということを、親鸞が何か具体的な事象を通してではなくて、夢のお告げで、どうしても綽空ではおさまらないということを法然上人に申し出たのでしょう。それに対して法然上人はそのことを十分に了解をなさって、法名を改めるということをされる。「綽空の字を改めて」というのですから、綽空という字がまず書いてあったわけです。

 

三、譲るときの書き方

 

どこに書いであったのかということも、ある先生はきちっとおっしゃっておられます。それは、親鸞聖人の『教行信証』とか、その他のお書き物をご門弟の方に譲るときの一つの書き方がありまして、それに則して考えておいでになられるのでしょうけれども、『選択本願念仏集』というのは内題の文字と言われますから、当然その外側にもう一つ題が書いてあるわけです。表表紙です。その表表紙の下に、「あなたにこれを与えます」あるいは「あなたにこれを譲ります」という意味で、譲られる側の名前を書くというのがだいたいの書き方です。

 

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