一、はじめに
「親鸞教学考」という大胆不敵な講題、目安を立てましてお話をしているのですが、先日『南御堂』という新聞の五月号でしたか、あそこに先回私がお話したことの中から一句を抜き出して、こんな話を廣瀬がしたという報告が載っておりました。それを読みましたら、もうあれ以外には何も言うことはないと思い知らされました。言うことがないというのは、私が言いたいのはあそこに書いてくださったことだけなんです。
確かあそこにこういう文章がありました。「法然の浄土宗興行の仏事を真宗と開顕した親鸞」と、こういう見出しになっていました。このほか実は何も言うことはないんです。
法然上人が「浄土宗」と興行なさったその一宗の興行を、「真宗」と仰ぎ浄土真宗と讃仰していった、そういうことだけを話そうとしているのであって、そのほかには何も面倒なことは考えていないんです。
考えていないにもかかわらず、改めてよく考えてみますと、それだけのことを念頭において、しかもお聖教で申しますと、『教行信証』の「方便化身土文類」のいちばん最後、しかも後序の文の後半の部分だけに限定しまして。それは決してことさらに限定をしたのではありません。あそこに私は問題を見つけたものですから、そこに注目して話をしているわけです。
そこで、この『生命の足音』に初めて「親鸞教学考」というのが四回分載りました。それを、このたび新聞で取り上げてくださった押さえ方と、両方を見合わせてみましたところが、よくまあこれだけ同じことばかり言っているものだなと自分でも思うくらい、「親鸞教学考」の話の内容は展開をしていないんです。
しかも面倒なことには、お話をしている事柄そのものは、私にはかなり大事な問題なんですけれども、気になってだんだん来ましたのは、歳をとってきましたし、いつになったら自分にとっての結論が出るのだろうかと、そういう危惧も出できたりしましてね。これはもうぼつぼつ、法然が浄土宗として興行なさったその仏道を真宗と仰いで、浄土真宗と明らかになさったんだということで終わっておいた方がいいのではないか。そういう気持もひとつあるのと同時に、お聞きなっている皆さん方にとっては、ずいぶん面倒な話をする男だなという印象があるのではないかと、ついついこちらに弱みがあるものですから、そんなことを思ったりしましてね。ここのところそんなことで悩んでおりました。
ただ先回と今回、一応整理をしてみょうかなということでお話してきたわけですけれども。整理をしてみようと思ってお話をしておりますと、整理にならないで、逆に混乱していくばかりなんです。ちょうど子どもが自分の部屋をきれいに整頓しなさいと言われて、きれいに整頓できるお子さんおられますかね。整頓する意識で一生懸命になって、あれをこちらへ、これをあちらへとやっているうちに、結局散らばっていくのでないですか。そして最後はその真ん中で座り込んでしまう。どうしていいのやら、わけがわからないようになってゆく。それと同じ状態なんです。
「親鸞教学考」という講題はある意味主張の強い講題でありますけれども、お話しようとする内容は今申しましたような事柄であります。ことさらにお話を展開させていくということが、私には本質的にできないんです、性格的に。
だからそういう意味では、これからもお話させていただくといたしましでも、おそらく少しずつ少しずつ、何事かを自分で押さえていこうと思っていますから、それはやっていけるだろうとは思います。けれどもただ、大学の先生などがおやりになるような、ひとつの筋道を通したご講義、あるいは聖典をよりどころとしての、『浄土論註』でありますなら『浄土論詮』という、そういうお聖教のもっている語りかけ、それを明確に本文に従って了解をしてお話する、これが本来、教化センターというところで行う講義なのでしょうけれども。だから私のような話は、どこに着地するのかわからないですし、いつになったら終わるのやらわからない。そういう意味では極めてご迷惑な話を、この忙しいご時世に聞いていただくのは誠に申し訳ないという気持があるわけです。
それで、もう止めさせてもらおうかとも思っていたのですけれども、今日も事務所の方で、続けて聞きたいと言ってくださる方々がいらっしゃるからということを言われまして、もうしばらくはお話をさせていただきます。
まあ約束はしましたけれども、皆さん方に私の話を聞いていただくときに、そう覚悟していただくというようなことはさらさらございません。こういう話しかできない人間ですから、むしろ私の話を聞くのではなしに、私がしゃべって右往左往していることを、それはこういうことだよというように、皆さんの中で了解していっていただく。そういう姿勢をとっていただきますと、私は自由無碍にわがままなことを言い続けていきますので、みなさん、その中から取捨選択をして、整理をしていただければと思います。
二、一段目の踏み外し
そしてひょっとすると、「親鸞教学考」という大胆な題を出したときの、初心の中にありましたものを、わかっていただけるかもわかりません。今日においてもなされている親鸞聖人のお教えについての、ひとつ未確認のままにいろいろな事柄が話されてきているのではないかという、私の危惧がわかっていただけるかもわかりません。
確かに立派な教学の歴史というものがございます。三〇〇年、四〇〇年という、江戸時代から申しましでも長い歴史があり、さらにさかのぼれば六〇〇年というような歴史がございます。そこに足らないものがあるというようなことは、もうとう言えることではないのですけれども。その学びの歩みの中で、いちばん基本のところで確かめなくてはならないことを、何か充分な確かめもされないまま、今日に来ているのではないか。
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