教化センターリーフレットA「今月のことば」−20109月号(279

回心というは

自力の心をひるがえし

すつるをいうなり

『唯信鈔文意』

 

ふと見上げると空はどこまでもひろがっています。太陽や月や星は東から出て、恵みを遺して何もなっかたように西にしずみます。地球は一日一回自転し、太陽の周りを一年かけて公転するという法則は学びました。

 回心の「回」はどんな回転でしょうか。

 回転には二種類あります。一つは直線のまわりを回りつづける回転(例えばフィギュアスケートの回転)です。軸がぶれるとうまくまわれません。軸を意識してまわる姿をイメージしながら何度も練習するのだそうです。

 二つめは、点のまわりを平面にまわる回転(例えば陸上競技の場のトラック)です。一回まわると同じところに着きます。はじめとおしまいがいっしょの場合もあります。帰ってきた所がゴールです。旅や人生にたとえることができます。

 私たちはすでに回転の中に生きています。しかし、なかなか実感できません。

 独特の素朴な木彫り仏像「円空仏」が人気をよんでいます。江戸初期、美濃生まれの円空は、母を洪水で亡くし悲しみを胸に、道を求めて行脚僧として全国をまわります。ある時、北海道の飢えと恐怖の中でひたすら生きる民衆に心が転回されます。それからは木の材料や彫る仏像を選ばず、飾る仏像でなく底辺の民衆に力を与える仏作りをめざします。最後は、美濃に帰り十万体作を達成、また一本のヒノキを真ん中で縦割りし、その半分に十一面観音、あとの二分に善女竜王と善財童子の合計三体(高賀神社円空記念館)を彫ります。一本の木から仏と母と子の三体が生まれました。自力を過信する私たちに、仏の在る事、自然と一体の帰る世界の存する事を木彫りに遺されました。

 回心をへて慈悲心で利他行を歩まれる方はいっぱいおられます。法蔵菩薩はその菩薩たちに衆生救済のための協力を願われます。

 生涯私には自力を捨てることができそうにありません。しかし、如来と一体となり、回心された方々の願いを念じることができます。

 

 

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